一、判決番号:智慧財産及商業法院112年(2023年)度行専訴字第31号
二、係争特許:I522602「識別番号の書き込みが可能なタイヤ空気圧検出装置およびその設定方法」
三、争点:証拠は係争特許の進歩性欠如を証明するに足りるか?
四、係争特許の紹介:
a)先行技術:タイヤ空気圧検出器の頻繁な交換によるメンテナンスコストの無駄とユーザーの不便を回避するため、現在のタイヤ空気圧検出器の平均使用寿命は5年以上となっている。しかし、タイヤ空気圧検出器が破損したり交換が必要になったりした場合、自動車メーカーによって使用されるタイヤ空気圧検出器とその設定方法が異なることが多いため、ユーザーはタイヤ空気圧検出器を一つ交換するために自動車メーカーの正規ディーラーへ行かなければならず、不便を強いられる。現在のタイヤ空気圧検出装置本体とタイヤ空気圧検出器との間の設定は非常に煩雑であり、設定を完了するためには特殊な設定装置を必要とし、その結果、ユーザーはタイヤ空気圧検出器を交換するために、特殊な設定装置を備えた修理工場を探さなければならず、使用が不便であるという問題が生じる。このような問題を解決するために、本発明では、古いタイヤ空気圧検出器と交換するために、識別番号を変更または書き込むことができるセンサーを提案する。これにより、自動車のタイヤ空気圧検出装置を新しい識別番号で再設定する必要がなくなり、ユーザーはタイヤ空気圧検出器の交換のために特定の修理工場に行く必要がなくなり、利便性が向上すると同時に、多くの修理工場でメーカーごとに異なる専用設定装置を準備する必要もなくなり、大幅なメンテナンスコストの削減が可能となる。
b)請求項2の技術的特徴:
・識別番号の書き込みが可能なタイヤ空気圧検出装置は以下の技術的特徴を含む。
(2A) 識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器:自動車本体の複数のタイヤのうちの1つに取り付けられる。
(2B) タイヤ空気圧検出装置本体:自動車本体内に設置される。
(2C) 設定器:識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器に書き込む識別番号を設定する。この識別番号は、タイヤ空気圧検出装置本体が外部のタイヤ空気圧検出器および識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器を識別するために使用される。
・設定器の構成要素:
(2D) 入力インターフェース:ユーザーが識別番号を受信または設定するための操作手段を備える。
(2E) 入力インターフェースはマンマシンインターフェースまたはバーコードリーダーを含む。
(2F) コントローラー:入力インターフェースに接続し、入力インターフェースにより受信または設定された識別番号を読み取り、その識別番号から識別番号設定信号を生成する。
(2G) 設定送信モジュール:コントローラーによって制御され、識別番号設定信号を送信する。
・識別番号の書き込み可能なタイヤ状態検出器の構成要素:
(2H) マイクロプロセッサー制御モジュール:読み書き可能なメモリーユニットを含む。
(2I) センサーモジュール:マイクロプロセッサー制御モジュールに接続して制御され、タイヤ空気圧を測定する。
(2J) 送信モジュール:マイクロプロセッサー制御モジュールに接続して制御され、センサーモジュールの測定結果をRF(無線周波数)信号として自動車本体内に設置されたタイヤ空気圧検出装置本体に送信する。
(2K) 受信インターフェース:マイクロプロセッサー制御モジュールに接続して制御され、識別番号設定信号を受信し、受信した識別番号設定信号に基づきその識別番号をマイクロプロセッサー制御モジュールがメモリーユニットに保存し、その識別番号を識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器に書き込む。
(2L)電力モジュール:識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器の動作に必要な電力を供給する。
・識別番号の書き込みプロセス:
(2M.1) 設定器には無線受信モジュールが含まれており、識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器が識別番号をメモリーユニットに書き込んだ後、無線受信モジュールが、識別番号の書き込みが可能なタイヤ状態検出器の送信モジュールが送信した書き込み済みの識別番号を受信し、その書き込み済みの識別番号を設定器のコントローラーに送信する。
(2M.2)コントローラーは、送信された書き込み済みの識別番号と入力インターフェースの受信した識別番号が同じか否かを判断する。
(2N) 両番号が同じでないと判断された場合、識別番号は再度入力インターフェースにより設定器に読み込まれる。
(2O) タイヤ空気圧検出装置本体は、識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない。
五、証拠12の開示内容:
証拠12は、無線干渉によるIDの誤登録を防止することができるタイヤ空気圧監視システムに関するものである。このシステムでは、タイヤ空気圧監視装置がID登録モードに切り替えられると同時に、バーコードなどから読み取ったIDがタイヤ空気圧監視装置に送信される。タイヤ空気圧監視装置は、受信したIDをメモリーに登録する。必要な数のID登録が完了した後、ID登録操作が終了する前に、タイヤ空気圧監視装置は通常モードに切り替えられる。一方、タイヤ交換時には、ID登録ツールを使用して、取り外したタイヤに貼付されたバーコードからIDを読み取り、そのIDをタイヤ空気圧監視装置に送信する。タイヤ空気圧監視装置は、メモリー内から当該IDに対応するIDを取り出し、さらに、ID登録ツールを用いて、新しく装着したタイヤに貼付されたバーコードからIDを読み取り、それをタイヤ空気圧監視装置に送信する。
六、原告の主張:
証拠12の明細書【0058】段落では、タイヤ空気圧監視装置50を読み取り・編集し、空気圧センサーIDを取得する技術的手段が開示されている。また、証拠12のタイヤ空気圧監視装置50は、本件のタイヤ空気圧検出装置本体と概ね同等のものと見なすことができるが、係争特許請求項2は識別番号(証拠12におけるIDに相当する)の読み取りおよび書込みの過程において、タイヤ空気圧検出装置本体が関与しないことに限定されている。そのため、証拠12で開示された技術手段と本件特許の技術手段は異なり、証拠12には請求項2の技術手段が明示されていない。また、本件特許と証拠12の相違点である「タイヤ空気圧検出装置本体は、識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない。」という技術的特徴は、タイヤ空気圧監視装置50のIDを読み取り・編集する過程で修理工場での作業が必要になるというユーザーの不便を回避できるという利点を有するものである。
七、法院(裁判所)の心証:
原告の主張によれば、「新しいIDを再設定しない」ことは「信号接続を行わない」ことと同義であるとされている。しかし、これは原告製品における識別番号設定時の通信接続状態に基づき導き出された結論にすぎない。実際には、タイヤ空気圧検出装置本体の設定器2とタイヤ空気圧検出装置本体が通信接続されていたとしても、設定器がタイヤ空気圧検出装置本体に対し「識別番号を設定する」の指令や命令を送信しない限り、タイヤ空気圧検出装置本体による新しい識別番号の設定は実行されない。したがって、証拠12の図33に示されるID登録ツール 60 が、信号線 57, 63 を介してタイヤ空気圧監視装置 50 に接続していることをもって、証拠12の図33は自社製品の通信接続状態と異なり、証拠12には係争特許請求項2の「タイヤ空気圧検出装置本体は、識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない」という技術的特徴 20 が開示されていないとする原告の主張は、採用するに足りない。
また、証拠12の明細書【0277】段落および図66において、ステップP4860では、空気圧センサーのメモリーにすでにIDが存在する場合、上書き (overwrite) によりID登録を実行できることが開示されている。初回登録時に関連付けられたタイヤ位置の状態において、センサーIDがすでにタイヤ空気圧監視装置50に登録されているため、再登録を実行する必要がないとされている。さらに、証拠12の明細書【0278】段落には、「第10実施例では、タイヤ交換に伴う再登録は、新しく取り付けるタイヤのセンサーのみを対象として実行されるため、最小限のID登録操作のみを行えばよい。」と記載されていることから、IDの再登録は、新しく取り付けるセンサーのみに対して実行すればよいことが分かる。証拠12の複数の実施例には、ID登録ツール60を用いて空気圧センサー10のIDコードを上書きするのみで、タイヤ空気圧監視装置50には新たなIDを設定しない態様が含まれている。したがって、これは係争特許請求項2の「タイヤ空気圧検出装置本体は、識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない。」 (技術的特徴2O) に相当するものと認められる。
八、結論:
本件において原告は、「タイヤ空気圧検出装置本体は、識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない。」という技術的特徴が進歩性の根拠となる相違点であると強調した。しかし、証拠12には、「ステップP4860では、空気圧センサーのメモリーにすでにIDが存在する場合、上書き (overwrite) によりID登録を実行できる」と開示されている。裁判では、この「上書き」の結果は、「識別番号の書き込みプロセスにおいて新しい識別番号を再設定しない」ことと実質的に同じであると判断され、係争特許には進歩性がないと結論づけられた。原告は、「新しい識別番号を再設定しない」ためには3つの要件が満たされる必要があり、証拠12にはそれらの要件が開示されていないと主張したが、裁判では、これらの要件がすべて請求項の限定要素として明記されているわけではないとして、原告の主張は認められなかった。
本件を踏まえて、特許出願人が今後注意すべきは、進歩性を主張する際に、単に発明の結果が先行技術と異なることを強調するだけでなく、採用した技術手段の違いを明確に説明することが重要であり、さらに、特許明細書の記載において、要件や条件がすべて十分に開示されているかどうかを慎重に検討する必要があるという点である。