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本稿は、台湾の智慧財産及び商業法院において言い渡された判決(113年度行商訴字第9号)をもとに、台湾商標法第30条第1項第11号に基づく著名商標該当性および商標登録の可否について、実務上の判断基準を整理・考察するものである。

1. 判決の背景と争点
係争商標は「林承箕標章」であり、第5類の栄養補助食品および第44類の医療・健康関連サービスを指定商品・役務とするものである。
当該商標は2020年7月23日に出願・登録されたが、第三者がこれに対して、自己の著名商標に類似し、公衆に混同を生じさせるおそれがあるとして、商標法第30条第1項第11号に基づく異議申立を行った。
台湾智慧財産局はこれを認容し、係争商標の登録を取り消す処分を下したが、商標権者はこれに不服を申し立て、行政訴訟に至った。
2. 適用条文:商標法第30条第1項第11号
台湾商標法第30条第1項第11号は、以下のように規定している:
「他人の著名商標または標章と同一または類似であり、公衆に混同誤認を生じさせるおそれ、または著名商標の識別力もしくは信用を損なうおそれがある商標は、登録してはならない。」
また、同条第2項により、著名性の判断基準は「出願時点における客観的証拠に基づく」ことが明示されている。
3. 異議申立人の主張と提出証拠
異議申立人は、自社の商標が1994年に創立され、欧米を中心に多数の国・地域で登録されており、全世界での年間売上が数億ユーロに達していることから、著名性を有すると主張した。
具体的な証拠として、以下が提出された:
(1)欧米での商標登録証(米国・EU・アイスランド等)
(2)商品パッケージ(多言語対応)
(3)香港眼科雑誌への広告掲載
(4)オンラインショッピングサイトでの販売記録(ebay等)
(5)海外における販路(31の子会社と43の代理店)
4. 裁判所の判断:台湾における著名性の不認定
裁判所は、上記証拠のうち台湾における使用実績・認知度を裏付ける資料が不十分であると判断した。特に以下の点が指摘された:
(1)証拠の大半が出願日以降のものである
(2)台湾における実店舗販売または広告・プロモーションの実績が示されていない
(3)台湾消費者の実際の購入履歴や接触証拠が乏しく、市場占有率も不明である
(4)インターネット上で台湾元表示の販売ページは確認されたものの、アクセス数・販売数は極めて少ない
このような理由から、裁判所は以下のように明示している:
「係争商標の出願時において、異議申立人の商標が台湾の関連消費者に広く認知されていたとは認められず、商標法第30条第1項第11号における著名商標とはいえない。」
5. 判決主文と結論
裁判所は、異議決定およびそれを維持した訴願決定のいずれも違法であるとして、以下のように判示した。
(1)原処分および訴願決定は違法であるため、いずれも取り消す。
(2)訴訟費用は被告(台湾智慧財産局)の負担とする。
6. 実務上のポイント
この判決から得られる実務的教訓は以下のとおりである:
(1)「著名商標」であることの立証には、台湾での認知度・使用実績が不可欠である。
(2)欧米での登録状況や売上実績がいかに優れていても、台湾における実際のマーケティング・流通・消費者認知がなければ、著名性は認められない。
(3)出願日前の証拠でなければ、商標法第30条第2項の要件を満たさない。
(4)オンライン販売による接触証明も、アクセス数・販売件数等の定量的データを伴わなければ、証拠価値は限定的である。