人工知能(AI)技術の急速な発展は、多くのイノベーションの機会をもたらす一方で、従来の特許法の枠組みにも新たな課題を突き付けています。米国特許法第101条では、特許出願の対象が特許適格性を有することが求められます。しかし、AIに関する技術は、「抽象的アイデア」に該当する、または「実用的な応用に統合されていない」と判断され、拒絶されることが少なくありません。
このような拒絶理由は、特許法が抽象性の問題を厳格に判断していることを示すだけでなく、AI関連発明の特許出願書類を作成する際に、出願人が直面しやすい課題も浮き彫りにしています。
本稿では、AI技術に関する発明が特許適格性を欠くと判断される主な要因について検討します。また、米国特許商標庁(USPTO)のガイダンスに示された事例47、48および49を分析し、AI関連発明の特許取得可能性を高めるための方策について解説します。
米国特許法第101条における特許適格性の要件
米国特許法第101条によれば、特許出願の対象は、方法、機械、製造物または組成物といった法定の対象類型に該当しなければなりません。また、抽象的アイデア、自然法則または自然現象など、裁判例上の例外に該当してはなりません。
AI技術に関する特許出願では、これらの例外が審査上の重要な論点となることが多くあります。
USPTOのガイダンスによれば、第101条に基づく特許適格性の判断は、次の手順に従って行われます。
Step 1
請求項が、機械、方法、製造物または組成物のいずれかの法定対象に該当するか。
Step 2A、Prong One
請求項が、数学的概念、人間の活動を組織化する特定の方法、または精神的プロセスなど、裁判例上の例外を記載しているか。
Step 2A、Prong Two
請求項が抽象的アイデアを実用的な応用に統合し、具体的な技術的改善を示しているか。
Step 2B
請求項が、単なる抽象的アイデアまたは通常の活動を超える「著しく多くの要素」を含んでいるか。
これらの手順により、特許適格性を判断するための比較的明確な枠組みが示されています。
もっとも、AI関連発明の出願書類を作成する際には、発明が単なる「数式」または「精神的プロセス」と解釈されないよう、特に注意する必要があります。それでは、発明がこのような抽象的アイデアを記載していると判断された場合であっても、第101条の特許適格性を認められる可能性はあるのでしょうか。以下、具体的な事例を通じて説明します。
事例分析
事例47、48および49における特許適格性の判断
USPTOのガイダンスに示された事例47、48および49は、異なるAI関連発明について、第101条の特許適格性を判断する際の課題と審査上の考え方を示しています。
以下では、事例47の請求項1から3までを比較しながら詳しく説明します。事例48および49については、各請求項に対する判断結果を中心に説明します。
事例47:異常検出方法
本事例は、人工ニューラルネットワーク(ANN)を利用した異常検出技術に関するものです。
請求項1
人工ニューラルネットワーク(ANN)用の特定用途向け集積回路(ASIC)であって、当該ASICは、次の構成を備えます。
配列された複数のニューロンを備え、各ニューロンは、レジスタ、マイクロプロセッサおよび少なくとも1つの入力端子を含みます。
さらに、複数のシナプス回路を備え、各シナプス回路は、シナプス重みを記憶するメモリを含みます。また、各ニューロンは、複数のシナプス回路を介して、少なくとも1つの他のニューロンに接続されています。
請求項1の特許適格性に関する判断:
Step 1
要件を満たします。本請求項は機械に該当します。
Step 2A、Prong One
要件を満たします。ニューロンとシナプス回路との間に具体的なハードウェア上の接続関係が規定されているため、抽象的アイデアは記載されていません。
したがって、請求項1は特許適格性を有します。
請求項2
人工ニューラルネットワーク(ANN)を使用する方法であって、次の工程を含みます。
(a)コンピュータにおいて、連続する学習データを受信する工程。
(b)コンピュータが、連続する学習データを離散化して入力データを生成する工程。
(c)コンピュータが、入力データおよび選択された学習アルゴリズムに基づいてANNを学習させる工程。
(d)学習済みのANNを使用して、データセット内の1つまたは複数の異常を検出する工程。
(e)学習済みのANNを使用して、1つまたは複数の異常を分析し、異常データを生成する工程。
(f)学習済みのANNから異常データを出力する工程。
請求項2の特許適格性に関する判断
Step 1
要件を満たします。本請求項は方法に該当します。
Step 2A、Prong One
要件を満たしません。(b)の離散化、(d)の検出および(e)の分析は、精神的プロセスに該当します。また、(c)の学習は数学的概念に該当します。
Step 2A、Prong Two
要件を満たしません。コンピュータは単なる道具として使用されているにすぎず、発明の具体的な内容も十分に規定されていません。このため、抽象的アイデアが実用的な応用に統合されているとは認められません。
Step 2B
要件を満たしません。請求項の内容は、汎用コンピュータ上で実行される通常のプログラムにとどまり、「著しく多くの要素」を含んでいません。
したがって、請求項2は特許適格性を有しません。
請求項3
人工ニューラルネットワーク(ANN)を使用して悪意のあるネットワークパケットを検出する方法であって、次の工程を含みます。
(a)コンピュータが、入力データおよび選択された学習アルゴリズムに基づいてANNを学習させる工程。
(b)学習済みのANNを使用して、ネットワークトラフィックにおける異常を検出する工程。
(c)少なくとも1つの異常が、悪意のあるネットワークパケットに関連していると判定する工程。
(d)悪意のあるネットワークパケットの送信元アドレスをリアルタイムで検出する工程。
(e)1つまたは複数の悪意のあるネットワークパケットをリアルタイムで破棄する工程。
(f)当該送信元アドレスからの将来のトラフィックを遮断する工程。
請求項3の特許適格性に関する判断
Step 1
要件を満たします。本請求項は方法に該当します。
Step 2A、Prong One
要件を満たしません。(a)の学習は数学的概念に該当し、(b)の検出および(c)の判定は精神的プロセスに該当します。
Step 2A、Prong Two
要件を満たします。(d)から(f)までの工程では、検出された異常を利用してネットワークセキュリティをリアルタイムで改善しています。このため、抽象的アイデアは実用的な応用に統合されており、明確な技術的改善も認められます。
したがって、請求項3は特許適格性を有します。
事例48:音声分離技術
本事例は、複数の音声源が存在する環境における音声分離という具体的な課題を解決するための技術に関するものです。
請求項1:特許適格性を有しないと判断された請求項
請求項1には、音声信号を受信し、短時間フーリエ変換(STFT)を実行し、ディープニューラルネットワーク(DNN)を使用して埋め込みベクトルを算出することのみが記載されています。
しかし、具体的な技術的改善については十分に説明されていません。DNNは数学的演算を実行するために使用されているにすぎず、現実の技術的課題をどのように解決するのかも示されていません。このため、抽象的アイデアが実用的な応用に統合されているとは認められません。
また、付加的な要素も基本的なデータ処理工程にすぎません。
したがって、請求項1は、Step 2A、Prong TwoおよびStep 2Bの要件を満たさず、特許適格性を有しません。
請求項2:特許適格性を有すると判断された請求項
請求項2には、クラスタリング、マスクの適用および音声信号の合成に関する工程が追加されています。
これらの工程により、具体的な技術を用いて音声分離の精度を向上させ、複数の音声源を分離するという現実の課題を解決することが示されています。
これらの技術的工程は、単なる数学的演算の範囲を超えており、実際の用途における技術的改善を明確に示しています。
したがって、請求項2は、抽象的アイデアを実用的な応用に統合しており、Step 2A、Prong Twoの要件を満たすため、特許適格性を有します。
請求項3:特許適格性を有すると判断された請求項
請求項3には、音声分離および音声からのテキスト生成処理を実行するための命令を記録した記憶媒体が記載されています。
請求項に記載された各工程は、音声処理からテキスト生成に至る具体的な技術的応用を示しています。また、従来の音声処理技術における精度および性能上の問題を解決し、具体的な技術的効果をもたらすことが明確にされています。
したがって、請求項3は、抽象的アイデアを実用的な応用に統合するとともに、十分な技術的内容を含んでいます。このため、Step 2A、Prong TwoおよびStep 2Bの要件を満たし、特許適格性を有します。
事例49:線維症の治療技術
本事例は、線維症の診断および治療の精度を向上させるため、医療分野にAIモデルを応用する技術に関するものです。
請求項1:特許適格性を有しないと判断された請求項
工程(a)におけるデータ収集および遺伝子型判定は、通常の手法にとどまり、技術的改善を示していません。
工程(b)における多遺伝子リスクスコア(PRS)の算出は、主として数学的演算および遺伝子型の分析に依存しているため、抽象的アイデアまたは精神的プロセスに該当します。
また、工程(c)における治療の提案は、特定の治療方法に限定されておらず、適切な治療を行うことを一般的に記載しているにすぎません。このため、具体的な技術的応用を示しているとは認められません。
したがって、請求項1は、抽象的アイデアと通常のデータ処理を組み合わせたものにすぎず、抽象的アイデアを実用的な応用に統合していません。このため、Step 2A、Prong TwoおよびStep 2Bの要件を満たさず、特許適格性を有しません。
請求項2:特許適格性を有すると判断された請求項
請求項2には、請求項1の内容に加えて、明確な治療方法が規定されています。具体的には、高リスク患者の術後治療として、Compound X点眼薬を投与することが指定されています。
この限定により、治療工程は具体的かつ明確な技術的応用を有するものとなり、一般的な抽象的アイデアの範囲を超えています。
特定の患者群に対する精密治療は、リスク評価の結果を個別化医療に活用するという技術的進歩を示しています。
したがって、請求項2はStep 2A、Prong Twoの要件を満たし、特許適格性を有します。
実務上の提言:AI関連発明の特許適格性を高めるための方策
以上の事例から、AI関連発明が米国特許法第101条の要件を満たしやすくするための実務上の方策として、次の点が挙げられます。
1.具体的な技術構成を示す
特許出願書類では、AIモデルが実際に使用される場面を明確に説明し、単なる数式またはデータ処理として記載することを避ける必要があります。
例えば、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせたブロック図またはフローチャートを用いて、具体的なシステム構成および処理の流れを示すことが有効です。
2.技術的改善によって得られる効果を強調する
明細書では、AI技術によって得られる具体的な利点または改善効果を明確に説明する必要があります。
例えば、従来技術と比較した性能の向上、処理効率の改善、処理速度の向上、精度の向上、または新たな機能の実現などを具体的に記載することが考えられます。
また、可能な場合には、実験データまたは比較データを提示し、技術的改善を裏付けることが望まれます。
3.曖昧な表現を避ける
請求項を作成する際には、「apply to」のように、抽象的アイデアと付加的要素との関係が不明確な表現を避ける必要があります。このような表現を使用すると、抽象的アイデアに形式的な要素を付加しただけであるとの印象を審査官に与えるおそれがあります。
そのため、付加的要素が抽象的アイデアとどのように連携し、具体的な技術的効果を生じさせるのかを、請求項および明細書において明確に説明することが重要です。